わかめごさいのゴミ箱

死して尚インターネットに居座り続ける男

私の、人生の、終わりの、始まり

忘れもしない。私が高校1年生だった時の、春。

 

 

もう桜も梅もとうに散って、自らが街路を彩ったこともすっかり忘れたような青さを携えた頃だった。

私はといえば、ちょうど■■■の関東コンクールへの予選を勝ち上がったところだった。

 

「夢、今日も満点のパフォーマンスだったね」

 

まるで定型文と化したような先生の評価に、お決まりの文句でこちらも返答する。

 

「当たり前です。私ですから」

 

『1万人にひとり』と謳われ、持て囃され。お世辞なんて言葉も正しく理解出来ていなかったような少女…私は驕り高ぶっていた。私こそがこの時代を代表する■■■■■なんだと信じて疑わなかった。

 

「じゃあ、次の子も待ってるから。またね」

 

先生の挨拶を他所に、私は光り輝く将来を夢想していた。

日本が誇る最大の■■■■■としてステージに立ち、オファーが殺到し、そのどれもを突っぱねて世界へと羽ばたく。私の思い描く理想はいつだって美しく、私らしく、私という人物そのものであり、私がなるべき未来だった。

 

 

 

 

いよいよコンクール本番。もう幾許もないくらいで私の番が来る、というタイミングで、肩を叩かれた。知らない子だ。

色白で大人しそうで、押したら倒れちゃいそうなくらい弱々しくて、でも前髪に隠れた瞳だけは真っ直ぐ前を見据えているような不思議な子だった。

 

「あの、えっと…あなたの予選の演奏、聞きました」

「はぁ…どうも…」

「それでえっと…すごく、良かったんだけど」

 

けど?

私の演奏にケチをつけるような言いぶりに、思わず左口角がピクリと動く。

 

「あ、えっと…その…すごく綺麗だったんだけど、なんだかあなたらしさを感じなくて」

 

私らしさ?こいつに何がわかるんだ。凡人の分際で。

 

「悪いことじゃ、ないんだけど…なんか…上手くまとまらないや、ごめんなさい」

 

それだけ言い残して彼女はその場を立ち去った。あまりの突然の出来事に、私は追いかけることもできなかった。

私らしさがない?私の、美しい人生街道を完璧に表現した演奏が?信じられない。私が間違えるわけが無い。

「夢、出番だよ」

先生からのコールで我に返る。

「ええ、行ってきます」

私が間違えるわけが無い。私が間違えるわけが無い。

私らしさとは、美しさだ。何処の馬の骨かもわからないようなやつに言われる筋合いはない。見ていなさい。

 

 

 

 

 

「桐崎夢路さんでした。ありがとうございました。」

結果から言うと、私はきちんと完遂した。完璧の2文字を称えた輝かしいトロフィーが私を待っていた。

 

そう、思っていた。

 

 

「鈴妥、いってらっしゃい」

先生の声だった。私以外の生徒など興味はさらさらなかったが、目に映るのが先程の馬の骨ともなれば話は違う。

リンダ、というのか。どれほどの実力なのか、見せてもらおうじゃないの。

 

 

 

 

 

「岡本鈴妥さんでした。ありがとうございました。」

結果から言うと、惨敗だった。美しさと迫力、優しさまでをを兼ね揃えた彼女の演奏は、聞く者全ての心に寄り添い、激励し、魅了させた。人生で初めての敗北だった。

先生が私に声をかける。

「すごいだろ?鈴妥の演奏。あれが100万人に1人の逸材だよ」

 

それ以上何か喋られていたかどうかは定かではない。私の心は完全に折れていた。あんな傑物がいるのに、しかもこんな近くで。私は今までの人生、何をしてきたのだろう。世間知らずの生娘が、何を思って驕っていたのだろう。

 

「どう、かな…。あなたの心に響いたのなら、嬉しいのだけど」

床の一点を見つめて動かない私に声をかけてきたのは、鈴妥だった。

「あなたの演奏すごく素敵だから…奥まで見たくなっちゃって」

その台詞からは微塵も驕りや煽りは感じず、ただ純粋に私の演奏を聞きたいだけだと悟った。こんな私の"上位互換"がいるのなら、何故私は■■■なんて弾いていたのだろう。何故私は生きているのだろう。

 

 

 

 

気づいた時には高校は辞めていた。辞めていた、というよりは辞めざるを得なかった、が近いだろう。■■■も完全に断って意気消沈してしまった私はすっかり巣穴に閉じこもり、太陽光の存在すら忘れてしまっていた。

部屋の外からは毎日のように母のすすり泣きと父の怒号が聞こえた。もうどうでも良かった。ただ、全てが憎かった。私を囃し立てた奴、私を裏切った先生、私の人生だった■■■、私の全てを奪ったあの女。全てが美しかった私の人生が、全てが酷く醜穢で下卑たゾンビのように変わり、何度も蘇り私の海馬を貪ってくる。

 

いつか必ず殺す。もう私には、それしか無かった。